2010年3月30日火曜日

水の眠り 灰の夢 by 桐野夏生


主人公・村野はトップ屋。
トップ屋とは、週刊誌のトップになるようなニュースを探り出し、雑誌社に売り込むことを仕事としている人。
時は東京オリンピック直前の昭和38年。
村野は偶然、地下鉄で爆弾事件に巻き込まれ、連続爆弾魔・草加次郎事件を追い始める。
その最中、甥の卓也を迎えに行った葉山の坂出邸で女子高生・タキと出会う。
タキを家まで送り届けた際、タキに対する父親の暴力を目の当たりにした村野は、タキを自宅に泊める。
そして、タキはいなくなり、隅田川に浮かんだ。

連続爆弾魔は誰か?タキを殺した犯人は誰か?

少女たちに蔓延する睡眠薬と麻薬、売春。
偏執的な家族愛。
こうゆうの昔からあったのね。

村野の孤高と心意気がすごくいい。
この時代の雑誌社の在りようが興味深かった。

2010年3月29日月曜日

安楽病棟 by 帚木蓬生


老人が暮らす痴呆病棟が舞台。
前半は入院患者の履歴、現状が事細かに描かれている。
お地蔵さんの前垂れを縫い続ける女性、深夜、引き出しに排尿する男性、異食症で五百円玉が腸に入ったままの女性、自分を23歳の独身だと思い込む女性、などなど。
この病棟で一人また一人と患者が亡くなっていく。
年齢が年齢なだけに、亡くなっても不自然ではないのだが・・・。
疑問をもったのは看護師の城野。
彼女はいつも明るく、真に患者を思いやり尽くしている看護師。
呆けてもなお生き続けるのが幸せなのか、安楽死した方が幸せなのか。
終末医療の現状と問題点が描かれている。

ミステリーとして読むと、それほど面白くない。
でもノンフィクション的な部分で、痴呆とはどんなものなのか、その一部を垣間見ることができる。
痴呆老人・・・なんだかとっても切ない。
生き続けるのが幸せか、安楽死した方が幸せか、今の私には判断できない。

重い作品。

『オランダでは医療行為に安楽死が取り込まれている』
というのは本当のことらしい。

2010年3月22日月曜日

明日の記憶 by 荻原浩


佐伯は広告代理店のやり手営業部長。
50歳、根っからの仕事人間。
仕事では大きな契約をまとめ、プライベートでは娘の結婚が決まり、まさに順風満帆だったのだが・・・。
目眩と頭痛と不眠に悩まされている。
そして物忘れ・・・人の名前が思い出せない。

ある日、不眠治療のため訪れた病院で『若年性アルツハイマー』の診断を受ける。
いつかは全てを忘れてしまうんだという恐怖と、自分はまだまだ大丈夫だと信じたい自尊心。
錯乱し自暴自棄になる佐伯。

会社の関係者にも娘にさえも誰にも病気のことを知られたくないと思う心。
佐伯は他人に気づかれないために涙ぐましい努力を続ける。
出来るだけの事をメモに書きとめる。
メモをなくさないために、いつでも見られるように、メモはポケットに入れる。
ポケットのメモはどんどん溜まる一方であり、それを管理することさえ難しくなる。
そして、ついに佐伯は退職する。

そんな彼を救ったのは陶芸と家族だった。
妻が分からなくなる日はやってくるのか。

最後はつり橋で女性と出会うシーンで終わる。

著者は
「記憶を失うということは、どういうことなのか?
 その答えを求めて、この物語を書き始めました。」
と言っている。
佐伯の言葉、
記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。
私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている

そんな風に考えられようになるまでには、どれだけの苦しみを乗り越えたことか・・・。

佐伯の焦燥感、混乱、錯綜など複雑な揺れ動く気持ちが丁寧に描かれている。
読んでいると苦しくなるほど。
面白かったし、考えさせられた。

2010年3月21日日曜日

タイムカプセル by 折原一


中学校卒業時にタイムカプセルを埋めたメンバーの元に届けられた案内状、
 告!
 栗橋北中学校・三年A組卒業生の選ばれ死君たち
 「日時 三月十日、午後二時

  場所 栗橋北中学校 校庭
  ○出席 欠席」
 本日はご挨拶がわりの「サプライズ」を差し上げました。
 お気に召したでしょうか。
 お粗末さまでした。
差出人の名前はなし。
誰が何のために、手紙を送ってきたのか?

メンバーは・・・
正委員長の湯浅孝介、
副委員長の富永ユミ、
株のプロの鶴巻賢太郎、
男まさりの女の三輪美和、
医者のどら息子の佐々倉文雄、
転校生の石原綾香、
そして不登校の大河原修作と不和勇
担任の武田亮二

メンバーにひたひたと襲い掛かる恐怖。
謎を解く鍵は『ホール』。
ホールという言葉を聞いただけで、おびえるメンバーたち。
卒業時、このメンバーにいったい何があったのか?
卒業時入院中だったため事情を知らない石原綾香がその謎を解き明かしていく。

我が子の不登校に心痛める両親は、徐々に狂っていき・・・。


途中すごくドキドキするのだけれど、結末がねぇ・・・よくあるパターン。
折原一作品だと思って期待すると、がっかりするかも。

折原一お得意の叙述トリックはありました。
  おまえは誰なんだよ
  →Who are you?
  →不和勇

2010年3月20日土曜日

球形の季節 by 恩田陸


舞台は東北の小さな町、谷津。
ここで、奇妙な噂が広がる。

「五月十七日、エンドウさんがUFOにさらわれる」
「好きな男の子が金平糖を踏むと両想いになる」
「願いをテープに吹き込んで如月山のケヤキの中に入れると願いが叶う」
「七月十四日、サトウさんの上に隕石が落ちてくる」


噂とは・・・
多くの人の口伝えで広がっていくもの。
初めは何の信憑性もなかった噂が人から人へ伝えられるうちに、だんだん真実味を帯びてきて・・・ちょっとしたきっかけを与えるだけで、現実化してしまう。
言霊思想。

藤田晋の言葉、
  「俺は何もやっていない。
   あの程度の暗示を流しただけで、
   みんなどんどん行動を起こしてくれる。
   みんな自分たちの認めたルールを
   ちゃんと維持させようとしているだけなんだ。」
そうかもしれない。
全てを裁ける超越的な力なんて存在しない。
噂に踊らされているだけ・・・。

この作品は、ミステリーに始まり、ホラーに終わる。
何なんだ?!
消化不良の感あり。

2010年3月8日月曜日

山妣(やまはは) by 坂東眞砂子


第一章 雪舞台
越後の山里に二人の芸人がやってくる。
涼之助はふたなりだが、大地主の嫁・てると密通をする。

第二章 金華銀龍
第一章を遡ること20年前。
君香(いさ)は越後の鉱山町で遊女をしていたが、女将の金塊を盗み文助と共に山中に逃亡する。
しかし文助は身重の君香を一人残し去っていった。
君香は叉鬼・重太郎に助けられ、娘・ふゆを出産。
その後、重太郎と暮らし始め彼の子供を出産するが、重太郎は生後間もない子供を連れて君香のもとを去っていった。

第三章 獅子山
重太郎が去った後も山に残った君香は、時を経て山姥(山妣)に姿を変える。
そして登場人物の来歴が明らかになっていく。
君香(いさ)、つる(ふゆ)、涼之助の関係とは?
最後に待っているのは、悲劇的な結末。

凛とした君香(いさ)の生き様が
とってもいい。

10年ほど前の直木賞受賞作品。
実は3ページほど読んだところで、一度放り出した。
方言が多かったのと、時代が明治末期で読みにくかったから。
でも妙に気になったので、再挑戦してみた。

いろんな意味で重い、面白い。
みごとな描写と文章の迫力。
長い長い小説なんだけれど、この作品にはこれだけの長さが必要だと思った。
むしろ足りないくらい。
最後の終わり方が少々安直過ぎる気がするが、それでも面白い。
妖しい魔力のある作品だと思う。

数学的にありえない by アダム・ファウアー


癲癇発作で統計学講師の職を失い、ギャンブル依存症のため破産しかけているケインが主人公。
彼の癲癇発作には大きな秘密(未来を予知する能力)が隠されている。
その能力ゆえ、科学技術研究所所長ファーサイスと科学者トヴァスキーに狙われる。
ここにCIA工作員であり産業スパイであるヴァナーが加わり、逃亡と追跡が繰り広げられる。

キーワードは『ラプラスの魔』。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%82%AA%E9%AD%94

題名に惹かれ、本の帯『世界16カ国を興奮させた06年最大の電撃的サスペンス』という謳い文句に誘われて読み始めた本。
確立論、量子力学が随所に散りばめられていて、興味深かった。
話の展開はスピーディかつスリリング。
まるでハリウッド映画のよう。
ただ話の展開が速い分、細やかな描写、心情は足りない。
そこがイマイチかな。

2010年3月1日月曜日

金のゆりかご by 北川歩実


『金のゆりかご』とは、天才を作り出すベッド。
赤ちゃんのときに脳に刺激を与え、脳の構造を適切にデザインすることで天才が作り出せると考えられている。

主人公・野上雄貴はGCS早期幼児教育センターで教育を受け、幼い頃は天才ともてはやされたが、今は凡才、タクシードライバーをしている。
そんな野上の元に破格の高給でGCSへの就職話が転がり込む。
GCS創始者の近松吾郎は『天才』に偏執する男、凡才となった野上に用はないはずなのだが・・・。

9年前、GCS受講生の4人の子供(基樹、秀人、守、梓)が神経に異常をきたす事件が発生した。
金のゆりかごが原因なのか?
この事件を隠蔽するために近松は子供の入れ替えをしたのか?
一卵性双生児の一方には天才教育をし、もう一方には何もしなかったらどうなるのか?
天才を育てるために凡才を犠牲にしていいのか?

「君は天才だ。君は他のものより優れている。」
と言われ続けて育った子は、マトモな大人になれるのか。
常に周りの者を見下し、人間としては最低ということになりはしないか。
一生天才のままでいられればまだいい。
途中で伸び悩み、凡才となった暁には自分自身の存在価値をどこに見出すのか。
他人を恨むことで、それを消化しようとしないか。

『早期教育』と『天才と凡才の人間としての価値』が主たるテーマ(そこに心臓移植の問題も少々)。
強欲、非情、残虐、非道・・・。
人間の醜い部分をこれでもかってくらい描いている。

ラストで急に話の展開が速くなり、二転三転のどんでん返し。
「いったい悪いのは誰なんだ?!」
と怒鳴りたくなる頃・・・怒涛の終焉。
篤志(守の双子の弟)、君は狂っている!

母親を階段から突き落とした秀人はどうなったのか???
分からないまま終わってしまった。
結局、もともと神経の細い子だったという理解でいいのかなぁ。

他にも気になること多数。
面白かったけど、ちょっと消化不良気味の終わり方かな。